大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所八日市場支部 昭和49年(ワ)15号 判決

主文

原告らの本訴請求を棄却する。

原告ら(反訴被告ら)は被告(反訴原告)に対し各々金七万三、七〇〇円およびこれに対する昭和四九年二月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は本訴、反訴を通じ原告ら(反訴被告ら)の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

一  本訴請求の趣旨

被告は原告らに対し各々金七三五万六、九四四円およびこれに対する昭和四六年一一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  本訴請求原因

(一)  訴外亡鈴木一男(以下、亡一男という)は、昭和四六年一〇月三〇日午前八時四〇分ころ、軽乗用自動車を運転し千葉県銚子市宮原町八九番地先道路を同県佐原市方面から銚子市方面に向けて進行中、対面進行してきた訴外田中正夫の運転にかかる被告保有の大型貨物自動車に正面衝突され、その衝撃により、頭蓋底骨折等の傷害を負い、そのため、約二時間後、銚子市所在の内田病院において、右傷害に基づく心不全により死亡した。

(二)  被告は、右加害自動車を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故のため生じた損害を賠償する義務がある。

(三)  原告らは、本件事故により次の損害を蒙つた。

(イ)  亡一男について生じた損害 一、一八九万〇、六六二円

(原告らの相続分各々五九四万五、三三一円)

(1) 亡一男の逸失利益 八八九万〇、六六二円

亡一男は、死亡当時一九歳の男子で、高校を卒業した後、住友金属工業株式会社鹿島製鉄所に勤務し、死亡当時、年収五五万四、〇七〇円の収入をえていた。同人は本件事故がなければ、今後四四年間、少なくとも右と同額の収入を得るはずであつたところ、死亡によりこれを失つた。そこで生活費として収入の三割を控除し、ホフマン式計算方法により同人の死亡時の逸失利益の現価を求めると、次の計算式により、その金額は八八九万〇、六六二円となる。

554,070×7/10×22.923(ホフマン係数)=8,890,662

(2) 亡一男の慰謝料 三〇〇万円

亡一男は、高校を卒業し、将来の希望に燃えて前同社に就職した直後、本件事故に遭遇して死亡したものであるから、その精神的苦痛は大なるものがあり、これを慰謝するには三〇〇万円が相当である。

(3) 相続

原告らは、亡一男の父母であり、相続人の全部であるから、その相続分に従い、右逸失利益および慰謝料合計一、一八九万〇、六六二円の二分の一宛を相続した。

(ロ)  原告ら固有の損害 合計七九四万五、五二六円

(原告ら各々について三九七万二、七六三円)

(1) 治療費 一〇万二、九〇〇円

原告らは、亡一男の前記受傷に伴う治療費として一〇万二、九〇〇円を支出し、これと同額の損害を蒙つた。

(2) 付添費 五、〇〇〇円

原告らは、亡一男の前記受傷に伴う付添費として五、〇〇〇円を支出し、これと同額の損害を蒙つた。

(3) 葬儀費用 五〇万円

原告らは、亡一男の事故死に伴う葬儀費用として五〇万円を支出し、これと同額の損害を蒙つた。

(4) 原告ら固有の慰謝料 六〇〇万円

原告らは、その唯一の男子であり望みを託していた亡一男の不慮の死に遭い、悲嘆遣る方ない。よつて、その精神的苦痛を慰謝するには、原告ら各々三〇〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 一三三万七、六二六円

原告らは、被告に対し、上記(イ)の(1)(2)および(ロ)の(1)ないし(4)の各損害合計一、八四九万八、五六二円から後記自賠責保険金五一二万二、三〇〇円を控除した残額一、三三七万六、二六二円を被告に対し請求しうるものであるところ、原告らは弁護士である本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、報酬として、請求認容額の一割を支払うことを約した。従つて、被告が負担すべき弁護士費用は一三三万七、六二六円となる。

(ハ)  損害の填補

原告らは、自賠責保険金五一二万二、三〇〇円を受領したので、それぞれ、その相続分に応じてその二分の一宛を上記(イ)(ロ)の各損害に充当した。

(ニ)  結論

よつて原告らは被告に対し、各々、上記(イ)(ロ)の損害(原告ら各々についての分)合計九九一万八、〇九四円から自賠責保険金五一二万二、三〇〇円の二分の一に当る二五六万一、一五〇円を控除した残額七三五万六、九四四円とこれに対する事故発生の日の翌日である昭和四六年一一月一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  本訴請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

四  本訴請求原因事実に対する認否ならびに抗弁

請求原因事実中、原告ら主張の日時、場所において、原告らの長男である亡一男の運転する軽自動車と訴外田中正夫の運転にかかる被告保有の大型貨物自動車が正面衝突し、その衝撃によつて亡一男が頭蓋底骨折等の傷害を負い、約二時間後、右傷害に基づく心不全のため死亡したこと、原告らが亡一男の相続人であること、原告らが自賠責保険金五一二万二、三〇〇円を受領したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は不知。

本件事故は、亡一男の一方的な過失によつて発生したものであり、大型貨物自動車の運転者である訴外田中正夫には何等の過失はなく、かつ右自動車には構造上の欠陥又は機能の障害は存在しなかつたから、被告は運行供用者としての責任を負うものではない。

即ち、訴外田中正夫は、大型貨物自動車を運転し、事故発生地付近道路を銚子市方面から佐原市方面に向け、道路左側を時速約五二キロメートルの速度で進行中、進路前方約六〇メートルの地点を対面進行してきた亡一男運転の軽自動車か道路右側部分にはみ出して通行してくるのを発見したので、危険を感じ、警音器を鳴らして正常な進路に戻るよう注意を喚起するとともに、直ちにハンドルを左に切つて急制動の措置をとつたが、亡一男運転の軽自動車がそのまま進行したため、これと正面衝突するに至つたものである。

このように、本件事故は、亡一男が、前方注視を怠り、対向車両の有無等の進路の安全を確認せずに右側通行をしたため発生したものであり、本件事故の発生について訴外田中正夫には何等の過失もない。

五  抗弁事実に対する認否

抗弁事実を否認する。本件事故は訴外田中正夫が、自己の進路左側に堆積してあつた割栗石を避けるため、対向車両の有無およびその動静に注意を払わず漫然と自己の運転する大型貨物自動車を道路右側部分にはみ出して進行させた過失によつて発生したものである。

六  反訴請求の趣旨

原告ら(反訴被告ら)は被告(反訴原告)に対し、各々、金七万三、七〇〇円およびこれに対する昭和四九年二月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、原告ら(反訴被告ら)の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

七  反訴請求原因

(一)  訴外田中正夫は、原告ら(反訴被告ら、以下単に「原告ら」という。)主張の日時、場所において、被告(反訴原告、以下単に「被告」という)所有にかかる大型貨物自動車を運転し、銚子市方面から佐原市方面に向けて進行中、対面進行してきた亡一男運転の軽自動車に正面衝突され、その結果、右大型貨物自動車はその車体前部を破損した。

(二)  右事故は、亡一男が進路の安全を確認せずに右側通行をした過失により発生したものであるから、亡一男の相続人である原告らは、その相続分に応じて被告が右事故によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。

(三)  被告は、右交通事故による大型貨物自動車の破損を修理するため一四万七、四〇〇円を支出し、右と同額の損害を蒙つた。

(四)  よつて、被告は、原告らに対し、各々、右損害額の二分の一に当る七万三、七〇〇円とこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和四九年二月二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

八  反訴請求の趣旨に対する答弁

請求棄却の判決を求める。

九  反訴請求原因に対する認否

反訴請求原因事実中、本件交通事故が、亡一男の過失により発生したとの点は否認する。被告主張にかかる損害は不知、その余の事実は認める。

一〇  証拠関係〔略〕

理由

一  昭和四六年一〇月三〇日午前八時四〇分ごろ、千葉県銚子市宮原町八九番地付近道路上において、対面進行していた、訴外田中正夫の運転にかかる被告保有の大型貨物自動車と原告らの子である訴外亡鈴木一男の運転にかかる軽自動車が正面衝突する交通事故が発生し、右亡一男が同事故による受傷のため死亡したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、右交通事故の責任原因について検討する。

成立に争いのない甲第五号証の一、二、乙第一ないし第三号証、証人藤井誠の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証、証人岩瀬一、同田中正夫、同多田政善、同石上新太郎、同村越武男の各証言を綜合すると、

本件事故現場は、直線で見通しは極めて良好な幅員約六・五メートルのアスフアルト舗装道路であること、

訴外田中正夫は、大型貨物自動車を運転し、右道路を銚子市方面から佐原市方面に向け、時速約五〇キロメートルの速度で進行し、事故現場にさしかかつたところ、進路前方約六〇メートルの地点を亡一男運転の軽自動車が道路右側部分にはみ出して通行してくるのを発見したので、警音器を鳴らして注意を喚起したが、右軽自動車は、そのまま正常な進路に戻ることなく進行したため、大型貨物自動車の運転者である訴外田中正夫は、軽自動車との間隔が約三〇メートルとなつた地点で直ちに急制動の措置をとり、ハンドルを左に切つたが、一瞬の後に、自己車線内で、自車の左前部前照灯付近に、軽自動車の前部中央部分が正面衝突したこと、

右衝突の際、大型貨物自動車は、自己車線上を通行していたが、軽自動車は、道路右側部分を通行していたこと、

以上の事実を認めることができる。

原告らは、訴外田中正夫が、自らの運転する大型貨物自動車の進路左側に堆積してあつた割栗石を避けようとして道路右側部分にはみ出して進行したため、本件事故が発生したものである旨争つている。

しかしながら、大型貨物自動車の進路上に交通の障害となる割栗石が堆積、散乱していたか否かの点はさておき、本件事故当時、大型貨物自動車が右側通行をしていたことを認めるに足りる証拠はなんら存在しないし、前掲各証拠によれば、道路右側に存在する大型貨物自動車の制動痕は、急制動によつて同車が横すべりした際に、同車の後車輪によつて路面に印されたものであることが明らかなのであるから、右制動痕をもつて、同車が右側通行をしていたことを裏付けることはできない。なお、同車が急制動によつて横すべりし、車体後部が道路右側部分にはみ出した後に、左側通行をしていた軽自動車が大型貨物自動車に衝突したのだとすると、軽自動車は、当然、大型貨物自動車の車体左後部に衝突したはずであるが、そのような事実を証明するに足りる痕跡のないことは乙第一号証によつて明らかである。

これらの認定の事実関係によれば、亡一男運転の軽自動車が事故当時、右側通行をしていたことは、証拠上疑問の余地がないものと考えられるのであり、しかも、本件においては、右軽自動車が道路の右側部分を通行しなければならないような事情(道路交通法一七条四項各号)があつたとは認められないのである。

そうだとすれば、軽自動車の運転者である亡一男は、対面進行してくる大型貨物自動車との衝突が予見可能であるのに、右側通行を続けた結果、大型貨物自動車に正面衝突したことが明らかであるから、本件事故は、同人が進路前方を注視し、対向車両の有無等の進路の安全を確認しつつ進行し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、対面進行してきた大型貨物自動車を発見しえなかつたか、あるいは、その発見が遅れた過失により、同車に衝突したものと認めるのが相当である(なお、右側通行それ自体は、直接の過失ではなく、むしろ前方注視を怠つていたことの徴憑とみるべきである)。

他方、対向車両が右側通行をしており、そのまま進行すれば、一瞬の後に、衝突事故の発生が予見できるにも拘らず、なおも自己車線上に避譲しようとしない本件の如き場合にあつては、これと対向する車両の運転者が衝突の結果を回避するために臨機の措置をとることは極めて困離であると認められるのであつて、しかも、本件において、貨物自動車の運転者である訴外田中正夫は、警音器を鳴らして注意を喚起し、急制動して左にハンドルを切り避譲の措置をとつているのであるから、本件は、同訴外人が事故の発生を防止するための措置に出ることなく、ただ手を拱いて事故の発生するにまかせたというが如き事案でないことは明らかであり、同訴外人には大型貨物自動車の運行に関し何等の過失もなかつたというべきである。

三  本件事故が、軽自動車の運転者である亡一男の過失のみに起因して発生したもので、大型貨物自動車の運転者である訴外田中正夫には過失がなかつたことは前示のとおりであり、成立に争いのない乙第一号証、証人田中正夫、同藤井誠の証言によれば、被告がその保有する大型貨物自動車の運行に関し注意を怠つていなかつたこと、右自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことを認めることができる。従つて、被告は、自賠法三条但書所定の免責の適用を受けるものというべきであり、訴外田中正夫に過失がない以上、被告が民法七一五条の責任を負担しないことも明らかである。

以上のとおりであるから、原告らの被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  そこで、被告の反訴請求の当否について判断する。

(一)  まず、本件交通事故が亡一男の前方不注視の過失によつて惹起されたものであることは前記認定のとおりであり、原告らが亡一男の父母であり、その相続人であることは当事者間に争いがないから、原告らは、その相続分に応じて、被告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。

(二)  而して、前記乙第一号証、証人藤井誠の証言およびこれによつて真正に成立したものと認められる乙第四号証によれば、本件交通事故により被告所有の大型貨物自動車はその前部を破損し、被告は右破損を修理するため一四万七、四〇〇円を支出したことを認めることができる。

(三)  従つて、原告らは被告に対し、各々、右損害額の二分の一に当る七万三、七〇〇円およびこれに対する本件事故発生の後である昭和四九年二月二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五  よつて、原告らの本訴請求は失当であるからこれを棄却し、被告の反訴請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上廣道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例